きままにほろり

銀色のシールの貼ったゲームのネタバレ感想ほか、徒然なるままに。

ハピメア

この作品、本編にバッドエンドがあるということでチキンな私はセットを買っておきながらFDだけやるつもりだったんです。ただ結末を知ると当然そこに至るまでの過程を知りたくなるのは当然で…。いざ本編をやってみるとその世界観の濃さに魅了され、危うく喰われてしまいそうになるくらいのものでした。そして本編もやることでFDの内容に対する理解の深みが、より増したように感じました。

夢というのは一般的な認識として、いざ目覚めてしまうと内容は曖昧で思い出せないというのが一般的ではないでしょうか。正夢というのもありますけど、あれもそう解釈するように脳が思い込んでいるだけだというのが持論です。また正夢というものを除けば夢は“現実ではありえない”ものが展開されるイメージではないでしょうか。…もしもそんな夢が、もうひとつのありえた現実=不思議な国として現れたら人はどう向き合うのかが主軸となっているように感じました。

主人公の透は明晰夢(起きても内容を思い出せる夢)を見る体質で幼い頃に、妹の舞亜と森に迷い込み自分だけが出てこれた≒妹を連れて帰ることが出来なかったというトラウマを抱えている。そしてそのトラウマは夢遊病という形で現れ、妹を連れて帰れたと思い込むようになった。それから治療によってそのトラウマは克服してはずだったが…。

しばらくして透が高校生となったある日に、再び幼少期に見たのと同じその夢を再び見るようになる。しばらく見ていなかった夢の再発に戸惑う主人公であったが、自発的に見ないという選択は夢であるが故に出来ない。現実と同じ妹とははぐれて覚めてしまう夢に、主人公は夢くらいは希望を見たいと願ってしまう。 そんな彼に対して夢はお茶会の場で妹を見せる(アリスのチシャ猫のような仮装をしていたけど)。その夢の中には有栖といういかにもアリスのような仮装をした少女もいて。

やがてそのお茶会の夢の中には、透家族と付き合いがあった咲、帰国子女の先輩である弥生、ギターを弾く不思議な後輩である景子も巻き込まれていく。そんなヒロイン達と主人公は舞亜の案内で不思議な夢の世界へと巻き込まれる。そんな夢を何度か見ていると主人公目線で描かれる世界は、明晰夢という特性と相まって段々と現実と夢が交錯する感覚になっていく。また各ヒロインの進行へ進む選択肢によっても、ヒロイン同士で夢が混ざり合っているような感覚になる特殊な流れがある。

 

作品の中では舞亜に対する未練を夢の中で主人公がどう処理するかがテーマになっているが、巻き込まれる各ヒロインそれぞれもまた同じような現実への未練を抱えている。透と同様に舞亜の死への後悔で先に進めない 実は養子である上にハーフということによる周囲との疎外感から自分を押し殺してしまった弥生 権力を持つ父親との確執で自分の居場所を見失った景子 それぞれの進行ではそれぞれの心の闇をえぐってくる夢に立ち向かい、現実でマシな落としどころを探るような進行となっている。

夢ではない現実を向いた進行に対して、幻想である夢を向いているのが有栖と舞亜の各進行といえるだろう。 舞亜進行は甘い夢の中に存在する彼女を選ぶ=悲しい現実(事実)から目を背けるということであり、夢の世界の中に閉じこもる現実の否定はバッドエンドということになるのだろうか。有栖進行はそれぞれのルートの上に存在する、奇妙な夢の正体に迫るものとなっている。主人公と各ヒロインは夢の中である人格にまるで踊らされているな描写はいくつかあり、その正体というのが有栖に瓜二つな有子の存在ということになる。有栖というのも夢のフィクサーである有子が、病弱で卑屈な自分の代わりに夢世界を楽しむように作り上げた虚像であった。そして主人公が夢の世界から有子を引き出すという選択をする時に、有栖と主人公は別れ有子という存在を受け入れる。

そんな世界観であるが故にか、ED曲もどこか物悲しげで明るいハッピーエンドではない雰囲気を持たせたものとなっている。

 

 

 

FDでは断ち切ったはずのお茶会の夢に再び落とされるところから物語は始まる。一度は断ち切ったはずの未練もそう簡単には、やはり断ち切ることが出来なかったというのが主軸となっている。巻き込まれヒロインと主人公は再び夢を辿りながら、自分達の歩むべき姿を探っていく。

ただやはりFDの解決するべき使命としてあるのが本編で主人公と思い合う仲であったにも関わらず、別れることになった有栖の未練の解消である。再び夢が現れた原因というのも、有栖の透に対する未練というのが発現したものであった。有子本人も否定し背けようとするものの、舞亜のいたずらによって透の前で自身の思いを認識することになる。主人公も有子も有栖という存在を受け入れることで、有栖は二人の中に生かすという選択をする。 それからしばらく経ち有栖の人格は有子に吸収され、舞亜も兄の意志の確立を確認して夢の世界から去っていく。それらを経てようやく真の物語の終わりとなる。EDも有子との通じ合いと、有栖との結合の二段構成となっていて丁寧に本編の物語の不安さが回収されるような終わりになっている。

 

この作品は人間誰しもがどこかで抱える未練という感情を揺さぶってくるようで、もし主人公と同じような選択を迫られた時に甘い夢に逃げる選択をしないと言えるかと突き付けられているように思えた。最新作の「アオイトリ」では天使と悪魔というのを題材に、より深い直接的な問いかけをしているように体験版をやってみて感じる。 この甘くて不思議な世界というのに呑み込まれそうになる危うさを楽しめる感覚があると、最後には記憶から離れないくらい心酔する作品になるのではないだろうか。